赤い電車は白い線

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2009年 05月 05日

線路は続くよどこまでも~飯田線走破の旅 (前編)

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予告の通り、去る5月3日~4日にかけて飯田線走破の旅に出掛けてきました。
私にとっては3度目の全線走破ですが、18切符シーズンでない折りの訪問は初めてです。
直近では一昨年8月にその機会がありましたが、果たして今回の飯田線はどんな表情を見せてくれるのでしょうか…。



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まずは東京6:34発の数少ない沼津行に乗車します。
私の場合は途中からの合流も出来ますが、指定席ではないので始発の東京までバックします(定期乗車券区間です)。
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まだ7時前なんですが…いつものことです(笑
今回の催行人数ですが、一昨年の3人から実に3倍の9人!特にN氏ご家族は小さなお子さんも…朝早くからお疲れ様でした。
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そんなこんなで沼津着。
連休中ということもあり旅行客や地元客が入り乱れ、乗り継ぎの向きが多く混雑しています。
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興津からは始発便で浜松へ。
東海エリアの電車はどれもコーポレートカラーを纏っていますから、いつ乗っても変わり映えしない気もします。
しかし鋼製の113系・115系電車が姿を消したのは、やはりその昔からすれば大きな変化といえるでしょうか。
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浜松にて…まだ昼間な(ry
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浜松駅ホームの自販…MAXコーヒーって知らぬ間に地方進出していたんですね。
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浜松から豊橋へ…3連の電車は大混雑です。
新所原を出てすぐに視界に飛び込んでくるコンクリート橋の遺構。以前から気になっていた物件なのですが、
調べてみましたら二俣線(現・天竜浜名湖鉄道)が東海道線へと直通運転するための連絡線だったようです。
とはいうものの、かつては新所原構内でも平面で線路は繋がっていたはずですし、立体交差を必要とするほどの
直通列車が設定されていたというのを聞いた事がありません…。まだまだ研究の余地がありそうです。
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豊橋にはお昼過ぎの到着。
乗り継ぎの飯田線まで少々時間がありますので、駅前の市内線や渥美線(いずれも豊橋鉄道)を見物します。
これは元名鉄岐阜市内線の電車…再び活躍できる場所があって本当にヨカッタと思います。
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渥美線の新豊橋駅舎はかつての場所より少し移転し、小奇麗なビルの1Fに収まっていました。
駅窓口ではチョロQやタイピンなどのグッズも幾つか扱っていて、その営業努力振りがうかがえましょう。
東急ではやがて見られなくなるダイヤモンドカットが当線では健在!駅員さんのご好意で撮影させていただきました。改めて御礼申し上げます。
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いよいよ飯田線乗車です。
飯田線の主力である119系電車は、1983年にそれまで活躍してきた戦前型旧形国電の代替形式として製造されました。
顔つきは105系や九州の103系等と似通っていますが、3扉セミクロスシートというバージョンはまさに「飯田線スペシャル」。
改造によりデビューした両運の単行や、冷房改造のバラエティもあって一見地味な形式ながらその興味は尽きないと思います。
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まだ昼(ry
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前回は新城~中部天竜間を特急「伊那路」でワープできたのですが、現在はこの時間に設定がありません。
ですのでレールパークの見学は今回は…だったのですが、D夫妻は初めてのレールパークということでここで下車。後に合流ということになりました。
かつての駐泊所を利用したレールパークの資料館には、ファイナルの横断幕が…。
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中部天竜を後にすれば、いよいよ飯田線らしい山深いシチュエーションに囲まれます。
画像はあの城西~向市場間にある通称「渡らずの橋」、正式には「第六水窪川橋梁」と称するそうです。
今更感もありますが、この「渡らずの橋」について調べてみました。

この橋梁のある中部天竜~大嵐間は、佐久間ダム建設に伴い水没する区間の代替新線として昭和30年に開業したもの。
もちろんこの「渡らずの橋」もその折に建設されたのですが、開業時期がそう旧くない割には随分と妙なコース取りに思えます。
実はこの鉄橋で迂回している部分には山がありトンネルも当然のように掘削されたのですが、建設途上の天災によるトンネルの変形や、
さらには地形自体の変状等によりトンネルによるショートカットを断念せざるを得なくなり、止む無くこのような一見珍妙なコース取りとなったのです。
これは飯田線を取り巻く自然環境の猛威、そして厳しさを端的に物語るものといるでしょう。
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そんな感慨に耽る間もなく、列車はアッという間に橋を渡りきってしまいます。今度は橋の外側から列車を眺めてみたいですね。
さて、列車は水窪に到着…対向列車との行き違いのためにしばし停車します。折角なので駅前を散策…。
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駅前にある崖に張り出したスペース…これはクルマの転回用のものでしょう。駅立地の厳しさを垣間見るアイテムといえます。
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眼下には水窪川を渡る吊り橋、その先には水窪の街並が拡がっています。
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水窪を後にし、三県の境目駅として有名な小和田を過ぎ、いよいよ鶯巣に到着です。
ここからは線路付替えにより生じた廃線跡を辿りながら、本日の宿泊地でもある平岡を目指します。

以下続きます。なお廃線跡巡りは「特別編」としカテゴリも別とします。
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by ar-2 | 2009-05-05 11:45 | 外出・旅行 | Comments(0)


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