赤い電車は白い線

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2009年 05月 01日

夢の街、夢の国、夢の跡 ~ドリームランドモノレール廃線跡を行く~(その4)

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その3からやや間が開きましたが、レポートを再開したいと思います。前回まではドリームランド~小雀信号所間を紹介済みですが、今回からは残りの区間を目指します。前回記事までの今昔定点対比では、gino-1氏ご提供の軌条残存時の貴重な画像を多用させて頂き、またshin_88888888氏からも貴重な画像の転載についてご了解頂きました。改めて御礼申し上げます。小雀信号所から大船までについては軌条撤去後の現景がメインとなりますが、軌条なき画像にその在りし姿をイメージするのも一興でありましょう。



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・P地点(2009年)
小雀信号所を後にした軌条は、ほどなく小雀浄水場をかすめます。画像手前の芝生の部分が軌条跡です。奥が大船方。
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・Q地点(2009年)
小雀浄水場から先は山越えのコースとなります。急勾配に強いモノレールの本領発揮といったところだったのでしょうか…。画像における軌条跡の判読が大変困難なのですが、あえてラインマーカーは引きません。具体的には画像左奥から、中ほどに写る道路の手前を並走すろカタチで軌条が設けられていました。このあたりから軌条は高架状から高度を下げてレベルに近づけていったようです。手前が大船方。
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・Qa地点(2009年)
さらに大船方に進めば、軌条はほぼ地面に対してレベルとなります。画像手前に写るフェンスと、その奥に判りづらいですがまたフェンスのあるのが確認できますでしょうか。軌条は今やブッシュとなったこのフェンス間を駆けていました。奥が大船方。
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・R地点(2009年)
そしてここは…軌条残存時には有名なポイント?となっていた箇所です。画像手前でU字状のコースをとる道路を串刺しにするように跨ぎ、軌条は手前から奥へと伸びていました。奥が大船方。行く手の樹林を見れば、なんとなく切れ目のあるのがお判りいただけるでしょうか。ここが軌条跡です。
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・S地点(2009年)
軌条は樹林を抜けると、スクラップヤードのある本地点に出ます。画像中央正面の木立に微かに切れ目が確認できます。軌条はそこから樹林を抜け、スクラップヤードを横断して手前へと伸びていました。手前が大船方。
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同じくS地点の反対側である大船方を望めば…その跡はある意味瞭然でしょうか。不自然に建植されたフェンス等、怪しい匂いがプンプンです(笑
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・T地点(2009年)
面谷戸バス停付近で、画像のシロモノを発見しました。紛れも無い境界標です。丸囲みに「ド」と見えるのですが…。
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傍らにももう1基ありました。こちらは赤く塗られていますが、間違い無く丸囲みに「ド」と彫られています。言わずもがな、これはドリーム交通の境界標です。現存数の極めて少ない大変貴重な遺構であり、またここにモノレールのあったことを今に示す、かけがえの無い道標でもありましょう。「ド」の下に彫られている文字は「用地」とも見えますが果たして。
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・Ta地点(2009年)
T地点から大船方に進んでほどなく上方を望めば…明らかな切れ目。軌条は縦方向の道路の右側を奥へと進み、切通しへと抜けていました。
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・Ta地点(開業直後?)
shin_88888888氏からご提供頂きました画像です。画像のモノレールですが、手前の車両がジャンパー付きであることから奥が大船方で手前がドリームランド方と判断できます。画像に写る線形や地形、そして向きを勘案するとこのTa地点(面谷戸付近)で撮影されたものとみて間違いないでしょう。それにしても随分と大規模な開削がなされていたのですね。そして、その急勾配っぷりをもうかがい知る事のできる画像です。
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さて、ここからが本探査のある意味ハイライト?でもありました。軌条は急勾配を伴って山越えに挑みますが、並走道路はそうもいかず、地図を携行しない不案内な我々はこの一帯をしばし徘徊することとなりました。しかも、その起伏に富んだ地形のこと…(というか、まんま山なんですが)。おーい、軌条跡はどこだぁ~?
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・U地点(2009年)
グルグルと周った果てに玉縄台住宅地のはずれで、軌条跡であろう切通しとようやく対面できました。このあたりは数年前の豪雨で土砂災害があったとのことですが、そう大きくは地形は姿を変えてはいないようです。手前では宅地に造成が行われており、日に日に刻一刻と、軌条跡は姿かたちを変えて行きます。手前が大船方でして、先ほどのTa地点はこの画像のちょうど奥に位置します。大規模開削の名残が感じ取れますでしょうか。

大船まではもうあと僅かなのですが、とりあえず今回はここまで。また思い出した頃(笑 に記事を纏めたいと思います。→その5
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by ar-2 | 2009-05-01 22:17 | 鉄道廃線(廃駅)跡


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