赤い電車は白い線

khkar2.exblog.jp
ブログトップ
2009年 04月 21日

夢の街、夢の国、夢の跡 ~ドリームランドモノレール廃線跡を行く~(その2)

c0155803_855684.jpg

前回(その1・ドリームランド~宇田川)に続き、ドリームモノレール廃線跡を辿り大船を目指します。繰り返しになりますが、旧景画像はgino-1氏から全面的にご提供いただいたものです。また、探訪時にはなんと地図を携行しなかったため、具体的な地名や地点を特定した記述については、
私の保有する「ゼンリン住宅地図2000 戸塚区」に基づいております。ご承知おき下さい。




c0155803_8564836.jpg

・F地点(2003年)、奥が大船方
宇田川を鋼製桁でカーブしながらオーバーパスした軌条は、しばらく宇田川の東岸に沿って南下します。
いきなり旧景です…現景が無くてスミマセン。複線分の支柱がお判りいただけるでしょう。右端に映るクルマの横に見える橋は「芙蓉橋」。現在、ここに軌条のあった面影はありませんでした。
c0155803_910096.jpg

・F地点の少し先…Fa地点とします(2003年)、奥が大船方
これも旧景のみですが、氏からご提供いただいた画像は再び撮影できるものではありませんから、出来るだけ多く紹介したいと思います。画像は件の複線分橋脚のエンド部分です。これより先の大船線は単線橋脚で左カーブのコース取りをしていますから、六会、長後への計画線はここで分岐する想定となっていたのでしょう。
c0155803_1073313.jpg

・G地点(2009年)
Fa地点とほぼ同一場所です。左に写るのは県公社戸塚深谷共同住宅です。
c0155803_10111434.jpg

・G地点(2003年)、奥が大船方
以前の「予告編」でも紹介した画像です。正面奥の戸建てを含めて軌条以外は殆ど変化がありません。
c0155803_1014429.jpg

・Ga地点(2003年)、奥が大船方
ここは今回の探訪では踏み入ってない場所です。左に写る擁壁は前述の戸塚深谷共同住宅のもの。住宅地の真ん中を、軌条はカーブしながら回り込んで行きます。
c0155803_1019856.jpg

・H地点(2009年)
そのGa地点のカーブを外側から望む地点。バックに写るのが再三の戸塚深谷共同住宅です。
c0155803_10191416.jpg

・H地点(2003年)、右が大船方
ここも右手の樹林と軌条が消えた以外は、驚くほど変わっていません。この界隈は本当に開発の手が及びませんね。それはそれで結構なこととも思います。
c0155803_102953.jpg

・Ha地点(2003年)、右が大船方
H地点から右手にアングルを振れば、そこにはウィトリッヒの森をバックに「山岳モノレール」的に高度をどんどん上げて行く軌条が。急勾配に強いといわれるモノレールですが、この勾配の連続する線形こそドリームモノレールが潰えた間接的遠因ともいえましょう。即ち、その連続勾配線形を高速で走行すべくモーターの出力を増強し車両の自重が増加したにも関わらず、軌条がその重量に耐えうるものではなかったというまさにイージーミスだったのです。これは後にメーカーとの間で係争→和解という流れになりましたが、この致命的瑕疵こそ、ドリームモノレールが悲運の鉄路と形容される象徴的事象であるといえます。
c0155803_10374143.jpg

・I地点(2009年)
急勾配を上りきった軌条が到達する原宿4丁目付近。
c0155803_10372781.jpg

・I地点(2003年)、手前が大船方
樹林の中から飛び出す軌条!にわかには信じ難いですが同一地点です。旧景画像の奥のほうでは軌条と地面がほぼレベルになっていて、そこから簡単に軌条に上れたのでよく遊んだ…とは氏の弁です。
c0155803_10474689.jpg

・J地点(2009年)
予告編でも紹介した原宿4丁目58番地付近です。中ほどに写る青い瓦屋根の戸建てにご注目…。
c0155803_10472790.jpg

・J地点(2003年)、右が大船方
私が今回の探訪と氏提供の画像とを比較して、もっとも驚いた場所です。右手の青い瓦屋根の戸建てが確認できますでしょうか?同一建造物です。現景で右手の家並みが全て「背中」を向けているのが、ある意味唯一の面影でしょうか。もともと背中は駐車場だったわけですからね。

とりあえず、ここまでです。次回は小雀信号所付近までの紹介を考えています。→その3
[PR]

by ar-2 | 2009-04-21 11:00 | 鉄道廃線(廃駅)跡 | Comments(0)


<< ~ドリームランドモノレール廃線...      夢の街、夢の国、夢の跡 ~ドリ... >>