赤い電車は白い線

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2008年 11月 03日

記憶と記録の関西逍遥紀行(前編)

先月の31日から昨日まで、鉄道模型仲間の方々と関西へ出掛けてきました。
今回は会長夫妻と某氏夫妻、それに私という異色?の5両編成での紀行です。
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1996(平成8)年3月の改定で、165系「大垣夜行」の後を継いだ373系「ムーンライトながら」。
私自身、これまで何度の乗車機会のあったことでしょうか。あれから12年…「ながら」を取り巻く環境も変わりました。
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いつもトップシーズンにおける乗車ばかりでしたから、今回のような三連休前とはいえオフシーズン、
もっと言うとこんなに落ち着いた空気の「ながら」は初めてか、或いは随分久し振りのような気がします。
これは、昨年3月の改定までは小田原以遠が一部自由席であったのが、現在は豊橋以遠に改められ、
事実上指定券を有さない旅客の乗車が不能となったことが作用していると思われます。
とはいっても、車掌と交渉の上立ち席承知で乗車する手合いが今夜も散見され、これも「ながら」らしい一面だなと思いました。

私自身、日付変更駅が小田原に変わってからの乗車は初めての事でして、前述の雰囲気とも相まって戸惑いさえも覚えました。
それでも静まり返った早朝の車内、どこからともなく漂う柿ピーの匂いと、甲高くともすれば喧しいVVVFの起動音がシンクロし、
ああ、私は今やはり「ながら」に乗っているのだなと、さも昔の記憶を辿り想起するが如く、改めて認識させられるのです。
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名古屋では後部3両を切り離すのと併せて、三岐へと回り道する某氏も切り離します。
残る4人はそのまま大垣へ…。隣には接続列車の西日本の221系が顔を並べます。私が頻繁に利用していた頃は113系でした。
「ながら」は平成不況の真っ只中を、12年もの間走り続けてきました。止まぬデフレの連鎖は、「ながら」にも抗う術を与えなかったのでしょう。
さようなら、そしてお疲れ様。私の「ながら」。
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大垣では接続列車へのインターバルは約5分。若い頃は今や危険行為?である大垣ダッシュをかましたものです。
今回は駅ビル内で簡単に朝食を摂るここととなり、その後約30分後の列車で米原に向かいます。
米原からは新快速の223系に乗車。転換クロスに腰を落ち着かせれば、関西に来たという確かな実感が湧いてきます。
この乗り継ぎパターンも、私自身永らく親しんできたものです。そう、これは記憶を辿る旅路。
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私と会長は京阪の大津線感謝祭へと向かうべく山科で下車。京都市内観光に向かう女性陣としばしお別れ。
駅前にある京阪山科から800に乗車し浜大津へ。一昨年の感謝祭訪問以来、2年振りです。
同行の会長は大津線初乗車ということですが、急曲線や幅狭車体というアイテムを目の当たりにするにつけ、
「江ノ電に通ずるものがある」と所感を述べていました。
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浜大津からはツートンの2連に乗り換えて会場最寄り駅の近江神宮前へ。
このカラーも旧塗装ということになるのでしょうか…。尤も、大津線での塗り替え計画は今のところ無いとは思いますが。
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駅に到着すると開場待ちの行列が出来ています。今回は昨年のような82号乗車会といった「目玉」が無いとはいえ、
今やすっかり定着し且つ期待されているイベントなのだなと感じました。
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会場で目に付くのは、やはり82号車でしょう。今年は車内では鉄道模型の展示が行われていました。
どこか見覚えのあるコーナーモジュールが…三条通の車列と電停に並ぶ旅客が臨場感を盛り上げています。
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琵琶湖繋がりで江若の客車も…特徴的な顔つきですね(笑
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会場のドン突きには飲食コーナーが。まだ昼食には大分早いものの、大垣での朝食では物足りない会長はフランクフルトやら、
ラーメンを賞味。私も近江牛の煮込み(手前)を調達し、二人してハシをつつきます。
よく言われることですが、こういった場での食事はどんなものでも美味しく感じられます。雰囲気って大事だと思います。
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82号車です。あれから11年…屋外保管という厳しい条件でありながらも、多くの方の手により今尚美しい姿を保っています。
感謝祭スタッフとして活躍されている他の鉄道模型仲間の方に挨拶し、会場内を一通り見て回った後に駅へと戻ります。
この後の予定では、名古屋で切り離した某氏と京都で合流して大阪へと流れるスケジュールだったのですが、
どうも遺失が発生したようで某氏が回収に赴くことに…。予定よりも2時間ほどズレるとのことで思案した結果、
会長のリクエストで梅小路蒸気機関車館を訪ねることとしました。
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by ar-2 | 2008-11-03 14:57 | 外出・旅行


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